向かって左下側にある箱状の物体が「プロジェクト・ハイブマインド(Project Hivemind)」。一般には「eGPU」と呼ばれるコンパクトな外付けGPUボックスと同様のものだ。スワロフスキー財団が公開している動画より。(C)Swarovski Foundation
バリマ・アサレにとって、ノートPCはプロダクトデザインの世界への扉を開いた。しかし、やがて彼自身も多くのPCユーザーが抱える悩みに向き合うことになる。マシン自体はまだ問題なく動作するが、必要な作業をこなすには性能が追いつかなくなっていたのだ。
アサレが高性能なコンピューターの価値を実感したのは、まだ学生の頃だ。ノートPCを手にしたことで、それまで手の届かなかったプログラムやクリエイティブツール、膨大な情報にアクセスできるようになった。しかし、プロダクトデザインを学ぶにつれ、より高性能なソフトウェアを扱う必要が生じた。かつて可能性への扉を開いてくれたコンピューターは、いつしか足かせへと変わっていった。
「またしても壁に突き当たったことに気づいた」とアサレは振り返る。彼のノートPCは決して壊れていたわけでも、特に古かったわけでもない。ただ、学業で必要なソフトウェアを使うには、より高い処理能力が求められるようになっていたのだ。
一般的な解決策は、新しいPCに買い替えることだ。しかし、アサレが模索したのは別のアプローチだった。彼が考案した「プロジェクト・ハイブマインド(Project Hivemind)」は、一般には「eGPU」と呼ばれるコンパクトな外付けGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)ボックスと同様のものだ(編注:デスクトップPC用GPUカードを内蔵している)。これを接続すれば、対応するノートPCでデスクトップPC向けの高性能GPUを活用できるようになる。その結果、ゲームやグラフィックス処理、動画制作、デザイン用途など、高い処理能力を要する作業にも対応できる。
アサレの狙いは、古いノートPCを新品同様に蘇らせることではない。まだ十分に使えるPCを買い替える前に、ユーザーに新たな選択肢を提示することにある。「別の方法があるはずだと考えた。大きな妥協を強いることなく、人々に現実的な選択肢を提供できれば十分だと思った」とアサレは振り返る。こうした発想から生まれたハイブマインドは、民生用電子機器の短い製品寿命を見直そうとする新たな潮流の一翼を担っている。
国連の報告書「グローバル電子廃棄物監視(Global E-waste Monitor)」によると、2022年に世界で発生した電子廃棄物は約6200万メートルトンに達した。しかし、環境に配慮したシステムで正式に回収・リサイクルされたと確認されているのは、わずか22.3%に過ぎない。さらに同報告書は、電子廃棄物の増加ペースが、正式に回収・リサイクルされる量の約5倍に達していると指摘する。修理の選択肢が限られていることや製品寿命の短さ、製品設計上の課題が、その一因となっている。
プロジェクト・ハイブマインドが掲げるサステナビリティへのアプローチはシンプルだ。ノートPC本体がまだ使える状態でも、グラフィックス性能が先に限界を迎えることがある。その性能だけを外付けGPUボックスで強化できれば、新しいPCへの買い替えを先送りできる可能性がある。
アサレの活動を支援した「Creatives for Our Future」プログラムを運営するスワロフスキー財団は、ハイブマインドによってノートPCの寿命を最大3年延ばせる可能性があると見込んでいる。ただし、これはプロジェクト側による試算であり、第三者によって検証された結果ではない。本当の評価は、より多くの製品がユーザーの手に渡ってから下されることになる。ハイブマインドが単に周辺機器を1つ増やすだけで終わるのか、それとも消費者の購買行動を変える存在となるのかは今後明らかになる。
アサレによれば、プロトタイプは既に設計図や初期デザインの段階を脱しているという。次なる目標は、実際に稼働するユニットをユーザーに提供し、検証データを蓄積するとともに、継続的に生産できる体制を構築することだ。彼は、今後1年以内に約100台を実際のユーザーに利用してもらうことを目指している。しかし、技術面の課題に加え、資金面も大きな壁となっている。「資金調達は容易ではない」とアサレは語る。彼は、実際に動く製品をユーザーの手に届けることで投資を呼び込み量産につなげたいと考えている。
既存技術を進化させる
外付けGPUボックス(eGPU)そのものは、新しい技術ではない。すでにソネット・テクノロジーズ(Sonnet Technologies)やレイザー(Razer)などが、対応するノートPCでデスクトップ用グラフィックスカードを利用できる製品を販売している。
例えば、ソネットの「Breakaway Box 850 T5」はThunderbolt 5搭載Windows PCのほか、一部のThunderbolt 4やUSB4対応Windows PCに対応している(編注:USB4対応Windows PCの場合は、Thunderbolt 5対応製品を接続し適切に動作するか事前の調査が必要な場合がある)。レイザーの「Core X V2」も同様のコンセプトを採用している。いずれの製品も、外付けデバイスによってノートPCのグラフィックス性能を大幅に向上させることを可能にしている。つまり、ハイブマインドはeGPUという新たなカテゴリーを創出しようとしているのではない。既存のeGPUをより価値の高いものへと進化させることに同社の勝機がある。
アサレは、外付けGPUボックスが一般消費者向けのアップグレード手段として普及する上で障壁となってきた課題の解消に取り組んでいる。従来の製品は大型で高価な上、導入のハードルも高かった。ユーザーは(外付けGPUボックス[eGPU]に内蔵するための)対応グラフィックスカードを選び、十分な容量の電源を用意し(編注:グラフィックスカードによっては大容量の電源が必要)、さらにノートPCやOS、デバイスドライバーがその構成に対応しているかどうかまで確認しなければならなかった。
ハイブマインドの成否は、こうしたハードルをどこまで下げられるかにかかっている。よりコンパクトで使いやすく、価格面でも手の届きやすい製品にできるかどうかが問われる。また、その価値は「サステナブル」をどう捉えるかによっても評価が分かれるだろう。
外付けGPUボックスにも原材料や製造工程、電力が必要であり、いずれは廃棄・リサイクルの対象となる。たとえノートPC本体を使い続けても、ユーザーがグラフィックスカードを頻繁に交換すれば、その分だけ新たな廃棄物が生まれる可能性がある。つまり、この製品の環境面での価値は、延命されたノートPCの台数だけでは測れない。重要なのは、システム全体として、新たな生産や廃棄を増やす以上に、それらを削減できているかどうかである。
修理か、再生か、それともアップグレードか
ハイブマインドとは別のアプローチでこの課題の解決に挑む企業もある。その代表格が「フレームワーク・コンピューター(Framework Computer)」だ。同社は、ユーザー自身が修理やアップグレードを行えるノートPCを設計・製造している。端末を買い替えるのではなく、必要な部品だけを交換できるのが特徴だ。「Framework Laptop 16」には、アップグレード可能なグラフィックス機能が搭載されている。さらに「Laptop 13」シリーズでは、後継モデル向けに発売された部品でも初代モデルとの互換性が維持されている。
フレームワークは、アサレの発想を製品設計そのもので実現している。従来のノートPCに後からアップグレード性を加えるのではなく、最初からアップグレードを前提とした設計を採用しているのだ。
一方、「サーキュラー・コンピューティング(Circular Computing)」は、異なるアプローチを採る。同社は、使用済みの法人向けノートPCを標準化された工業プロセスで再製造している。そのプロセスは英国規格協会の認証を受けており、新品と同等の性能と保証を備えたコンピューターの提供を可能にしている。
この手法は、多数のPCを運用する企業や教育機関、政府機関にとって特に有効と考えられる。個々の端末に外付けGPUを追加するよりも、PCを再製造して再配備する方が、環境面とコスト面の効果を見込みやすいからだ。
また、欧州の電子機器メーカーであるフェアフォン(Fairphone)の取り組みは、もう1つの重要な示唆を与えている。同社は、部品交換のしやすさや修理の容易さ、長期にわたるソフトウェアサポートを前提に、スマートフォンやオーディオ製品を設計している。その根底にあるのは、製品の寿命は物理的な耐久性だけで決まるわけではないという考え方だ。デバイス本体が壊れていなくても、ソフトウェアの更新やセキュリティサポートが打ち切られ、交換部品も入手できなくなれば、使い続けることは難しくなる。
ハイブマインドも同様の課題を抱えている。ノートPCのグラフィックス性能を向上させても、劣化したバッテリーが回復したり、不足するメモリーが増えたりするわけではない。また、OSのサポート期間が延長されるわけでもない。つまり、同社の製品が真価を発揮するのは、グラフィックス性能の不足がPCを使い続ける上で障壁となっているケースだ。
選択肢を広げる製品デザイン
アサレは、ハイブマインドが電子廃棄物問題の唯一の解決策だとは考えていない。彼が目指しているのは、ユーザーに新たな選択肢を提供することだ。
デスクトップPCでは、かねてよりシステム全体を買い替えることなく、グラフィックスカードやメモリー、ストレージを交換して性能を向上させることができた。一方、ノートPCでは、そうした柔軟性は限られている。近年のノートPCは薄型化とコンポーネントの一体化が進んだ半面、部品の交換やアップグレードは難しく、場合によっては不可能になった。アサレにとって、この課題は環境問題であると同時に、ユーザーが自分のPCをどう使い続けるかを自ら選べるようにすることでもある。
「人は、単に新しいデバイスが欲しくて買うわけではない。そのデバイスを使って何かを実現したいから購入するのだ」とアサレは語る。
製品開発では、潜在ユーザーとの対話が大きな役割を果たした。アサレは初期のプロトタイプをReddit上のコミュニティなどで公開し、寄せられた意見をもとに改良を重ねてきた。彼は、このプロセスをデザイナーと課題に直面するユーザーとの継続的な対話だと表現する。「持ちつ持たれつの関係だった。結局のところ、すべてはコミュニティに支えられているのだ」。
ハイブマインドが魅力的なコンセプトから実証可能なプロダクトへと移行する中で、ユーザーを巻き込んだ同社のアプローチは重要な意味を持つかもしれない。このシステムが、日常的な製品サイクルの中で受け入れられるだけの携帯性や価格、使いやすさを備えているかどうかを判断するのはユーザーだ。そして、この製品が本当にPCの買い替え時期を遅らせるのかどうかも、ユーザーの評価によって明らかになる。
プロジェクト・ハイブマインドだけで、世界的な電子廃棄物問題を解決することはできない。外付けGPUボックスも、修理しやすいノートPCも、再製造プログラムも、単独でこの問題を解決できるわけではない。電子機器が廃棄物となる背景には、製品設計のあり方やソフトウェアのサポート方針、消費者の買い替えを促す仕組み、修理の制約、不十分な回収インフラなど、様々な要素が絡み合っている。そして製品デザインは、PCを長く使い続けられるかどうかを左右する重要な要素の1つなのである。
アサレは、信頼できる選択肢さえあれば、多くの消費者はコンピューターをより長く使い続けるはずだと考えている。ハイブマインドにとって次のステージは、外付けGPUボックスがその選択肢となり得るか、そして、より高い演算能力を実現するために開発されたこの製品が、新たなコンピューターの買い替え圧力を和らげられるかを検証することだ。
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